三識(知識・見識・胆識)が人生の学びを深める

知識・見識・胆識の三識が兼ね備わってはじめて人物の器量となる。

大正~昭和の陽明学者、安岡正篤 氏の言葉です。

「三識」という言葉、皆さんはご存じだったでしょうか? 人間は3つの「識」、「知識」「見識」「胆識」の三段階で学びを深めていきます。

「知識」とは

人が学ぶとき、まず「知識」を習得します。
「知識」とは、その事柄について、誰かから話を聞いたり、本や新聞、テレビ、インターネット等で情報を得て知っているという段階です。勉強をして資格を取るのも、この「知識」の段階にあたります。
「知ってはいるけど使えない」「時間の経過とともに忘れていく」という状態ですね。
スマートフォンが普及し、どこにいても膨大な量の情報を得られる現代社会は、便利ではありますが、ひとつひとつの「知識」は雑把なものになってしまいがちです。
物事を幅広く知っていることはもちろん良いことですが、「知っている」だけでは不十分ですよね。入ってくる情報を鵜呑みにせず、正しく判別する力が必要です。
その判断力が備わっているのが、次の「見識」の段階です。

「見識」とは

「見識」とは、自分自身の体験や知恵から、得た情報を正しく見分けられる判断力です。自分の中に確固たる信念を持ち、物事の本質を見抜ける判断力がある段階です。
「見識」がなかったり、間違っていたりすると、私たちが得た「知識」は何の役にも立たないものになってしまいます。それどころか、間違った情報に左右され、時間やお金をムダにしてしまうことさえあります。
大学教授や報道番組のコメンテーターなどには、この「見識」のある方が多いようです。

「見識」を養うためは、まずは本物を知ることが大切です。
物事の核心に迫る本を読んだり、「本物」を知っている人たちと行動を共にし、ひとつずつ教わっていきます。いろんな分野に「見識」を高めるための人脈を持っておくと良いでしょう。
また、時には、高級食材を口にしてみたり、質の高いものを身に着けたり、高級店といわれるお店に足を運んでみるのも良いでしょう。このような体験を積み重ねていくことで、自分のなかに物事の判断基準がつくられていきます。
簡単な例で言うと、例えば飲食店に行かれた際に、支払う料金に対して料理・サービスの質が妥当なのか、あるいは高すぎるのか低すぎるのかがわかります。
ただし、その場で単純に「美味しかった」「まずかった」と思っているだけでは見識は養われません。
本や知人から「知識」を得たとき、何らかの出来事を体験したとき、一度、自分の中で深く考えてみることが必要です。「なぜそうなのか?」「自分ならどう考えるか?」、自分の問題として深く考えるクセをつけることが大切になります。そして、そのときは、これまで見聞きしてきた幅広い「本物の知識」をもとに、なるべく偏った見方をせず、一歩引いて、いろんな視点で物事の「根本」や「全体」を見るように心がけます。

「胆識」とは

「「見識」にさらに決断力と実行力、胆力(事にあたって、恐れず、迷わず、動じない精神力)が備わると「胆識」になります。
「見識」が「頭ではわかっているのに、できていない」状態だと考えると、「胆識」は「わかっていて、実際にその考えのもと行動できている」状態です。
例えば、上下関係のある組織では、目上の人が目下の人を厳しく評価したり、指摘したりするケースがよくあります。このとき、たとえ指摘内容が真っ当でも、指摘した本人もそれを実行できていないとなると、恐らく目下の人から反感を買うことになるでしょう。
正しいことや、すべきことが何なのかをわかっていても、行動に移さなければ何も変わりませんし、器の小さな人になってしまいます。本質をとらえて自分の中に落とし込み、「良い」とわかれば信念をもって迷わず行動すること、そこまでできて、はじめて「知識」が役に立つのですね。

情報社会の現代では、単におしゃべりのためだけの「知識」が氾濫しております。
しかし、物事を成功へと導くのは「見識」を深め、動じない気持ちで、覚悟を持って実行する「胆識」です。
「胆識」が備わることで、器量が深まり、人は成長していくのだと思います。
「知識」を「見識」に、「見識」を「胆識」へと変えていけるよう、日々努力していきましょう!

風水メンター IKURA

食品製造業の試食販売において、500万人以上の人たちの接客を経験。その後、不動産業、企業コンサルティング業で幅広くビジネスを展開する。
不動産業を続ける中で、人と不動産に関わる風水の気の流れに興味を持ち、本格的に風水の勉強を始める。風水の考え方が自身の過去のあらゆる経験に当てはまることに衝撃を受け、現在は企業経営の経験と風水学をベースに人間風水学「風水メンター」として活動している。

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